徳を積もうとしないでください

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こんばんはー!!

伊勢神宮のお参りに行ってきましたー!!

そして名前の画数をめちゃくちゃ褒められた小川 真由です!(今日はフルネーム名乗るw)

徳を積むと、仕事で成功したり、お金持ちになったり、

幸せを引き寄せることができるとかってよく言いますよね。

それはある意味ではその通りなんですが、ここで議題にしたいのは“徳を積む”という考え方についてです。

徳とは、人に親切にしたり、やさしくしたり、人助けをしたり、人がいやがる仕事を自ら進んですることで、

それも、陰徳と言って、人に知られずにすることの方が徳が高くなるとか言いますね。

徳を積むと、天に貯金することも出来ると言うこともあります。

そうなると、徳とは自分の利益のためにという意図が隠れた行動ということになりますね。

「徳を積みたい!」と思って移す行動と、自分がご機嫌で満ち足りてる状態だから何も気にせず与えることができるというのでは意味合いが全然違います。

表面的には同じように見えますが、「徳を貯金したい」というのは「徳が枯渇しています」という宣言になり、

そしてそれは不安から来るもので、自分が何かを我慢しながらの他者貢献は我慢や枯渇の回路が開かれることになります。

人間はフォーカスしたものしか見えないので、不安や我慢にフォーカスするということは、その現実を体験することになるからです。

徳の貯金をしたいというのは、自分は徳が足りていないという不安から来ることなんです。

お金の方でも貯金や節約というのは縮小の方向性へのフォーカスで、より大きく稼ごうというフォーカスではないですね。

足りていないから貯金したいというのではなく、溢れているものをおすそ分けという状態でないと続かないですよね。

足りてないのに与えるから、「自分はあなたにここまでしてあげたのに!!!」とか言わなければならない時が来たりします。

自分が貧乏な状態で毎日ボランティアしようと思っても生活が続かないのと同じです。

そして場合によっては助けることが良いことにはならないこともあります。

善悪については長くなるのでまた後日改めて書きますね。

電車の中で席をゆずるとしても、
ちょっと嫌だけど我慢して良いことをしましょうと思ってゆずるのと、

ご機嫌さんで気持ちが広くなっているからゆずるのとはお互いに気持ちの感じ方が違うと思います。

同じことをしているのですが、
後者の方がお互いに居心地がいいですよね。

今日は少し難しい話だったかもしれませんがまとめると我慢して良いことをしようとするよりはご機嫌で人と接することを心がけようってことです笑

それでは今日もご機嫌な1日を!

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